| 2000年6月27日の事故発生後、連日、新聞記事などでそのあらましが報道された。しかし、そのなかで、あまり一般には記憶されていないところだが「赤ちゃん用の粉ミルクが買えない」という記事が7月15日の読売新聞の朝刊に載せられた。
「これは7月11日に事故の報道を受けて、大手スーパーから雪印製品が撤去され、赤ん坊を持つ母親がどこへいったら粉ミルクが買えるのかという悲壮な訴えでもありました」。
粉ミルクは当時の厚生省より厳しい審査の後、認定された母乳代替品で、ISO9002を取った群馬の専用工場で製造した製品でもある。それだけに、まさか撤去されるとは思わなかったと、三好氏は語る。粉ミルクは味が変わると乳児が飲まないということもあり、撤去後5日間で2,500件もの問い合わせを受け、悲鳴の電話が鳴り止まないという状況だったという。
こうした社会的な問題へと発展した大阪食中毒事故の発生後、西紘平新社長のもと、8月6日、全国紙・地方紙に、雪印乳業製造工場での安心確認の報告と題する広告を掲載した。そのなかで「お客様の視点に立ち、考え、行動すること」「安心を提供し続けること」を基本理念として、全社一丸となってお客様の信頼回復に取り組むということを約束した。
具体的にはお客様に安心していただける企業に生まれ変わるということで、被害者のための大阪お客様ケアセンターの設置、お客様の声にいつも耳を傾ける、フリーダイヤル365日体制の確立、社長直轄組織として商品安全監査室の新設、商品へ工場名の順次表示などを掲げた。
また、食中毒事故の原因を企業風土そのものにあるという認識のもと、お客様第一主義の企業体質の実現へ向けて、外部の有識者をメンバーにした経営諮問委員会を設置した。委員会では、これまで毎回テーマを絞り、6回の会合を重ね、さまざまな提言を得ることができたという。
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